つむぎこんにちは、つむぎです。今日はいつもとちょっと違う、「お金と幸せ」の話。一億円を目指すブログが言うのも変なんですが(笑)、一度ちゃんと書いておきたかったテーマです。
このブログは「配当金で月10万円」「目指せ一億円」を掲げています。でも実は、「お金=幸せ」だとは思っていません。そう考えるようになったきっかけは、数年前の入院でした。
病室で考えていたのは、きれいごとじゃなく「お金の心配」でした
肺炎で入院したときの話です。最初の数日は、ただただつらくて、何かを考える余裕すらありませんでした。そして峠を越えて少し元気が出てきた頃、頭に浮かんできたのは——正直に言います。お金の心配でした(笑)。
結局、仕事はほぼ1ヶ月お休み。「健康が一番だなあ」としみじみ悟るより先に、収入の計算と家計のやりくりを病室のベッドで考えていたのが、私の現実でした。



このとき実感したんです。お金は幸せを作ってくれないけれど、「お金の心配」は確実に幸せを削ってくるって。療養に専念すべきときの頭の中まで、占領してくるんですから。
それでも、お金で買えないものはある
健康の「時間」は買い戻せない
失った1ヶ月は、いくら払っても戻ってきません。そして何度か入院を繰り返して思うのは、私の体調は、私だけの問題じゃないということ。ママが倒れると、子どもたちにも寂しい思いやつらい思いをさせてしまう。身体を整えることは、自分のためであると同時に、家族への責任なんだと思うようになりました。
子どもの「今」は待ってくれない
3歳の「えっちらおっちら」も、9歳の生意気な口ぶりも、今しか見られません。仕事や節約をがんばっている間にも、子どもたちはどんどん大きくなる。ここはお金がどうこうできる領域じゃないですよね。
わが家の「お金のかからない幸せ」
最近のわが家のお気に入りは、みんなで釣りに行ったり、公園に行ったり、学校まで散歩したり。かかるお金はほぼゼロです。でも後日、子どもたちが「あのとき、こういうことしたよね」と思い出話をしてくれるんです。これがもう、たまらなく良くて。
思い出って、何度でも引き出せる貯金みたいなものだなと思います。畑の収穫も、コストで言えばささやかなのに、家族の会話を毎日生んでくれています。



「またあれやりたい!」って言われたときの嬉しさは、たぶんいくら払っても買えないやつです。
結論:お金は幸せの「材料」じゃなく「土台」
じゃあ、お金はいらないのか?——そうは思いません。入院したとき、貯えがあったから迷わず個室にして回復に専念できました。傷病手当金の制度を知っていたから、パニックにならずに済みました。マイナス91万円だった頃を思い出すと、お金の不安がある生活は、心の余裕そのものを削っていました。
お金で幸せは買えない。でも、お金は「お金で買えないもの」を守ってくれる。健康を立て直す時間も、家族との思い出づくりも、心の余裕も、土台にお金の安心があるから成り立つ——『Just Keep Buying』を読んだときにも感じた、「何のために貯めるのか」の答えがこれでした。
だから、このブログでやっていることは、結局ぜんぶ「土台づくり」なんだと思います。生活防衛費を確保して、固定費を整えて、配当というもう一本の収入の柱をゆっくり育てる。全部、いざというときに「お金の心配」に頭を占領されないための準備です。
まとめ
- 病室で考えていたのは、正直「お金の心配」。お金の不安は幸せを確実に削る
- 健康の時間と子どもの「今」は、お金では買い戻せない
- 釣り・公園・散歩——お金のかからない時間が、思い出という「引き出せる貯金」になる
- お金は幸せの材料じゃなく土台。「買えないもの」を守るために貯める



というわけで、一億円はこれからも目指します(笑)。でもそれは幸せを「買う」ためじゃなくて、「守る」ため。今日も家族で散歩しながら、コツコツいきます。


